七尾市観光協会公式サイト

能登半島のど真ん中 七尾市。古い歴史に彩られた街並み、工芸品そして海の幸をはじめ自然の味覚。ぜひ、お越しください。

TOP > 祭・イベント

曳山奉幣祭 (ちょんこ山)

場 所  七尾市街地西部(米町、阿良町、亀山町、一本杉町、木町、生駒町) 

 

チョンコ山(あるいはチャンチキ山)は、能登生国玉比古神社(気多本宮社)の春祭りです。青柏祭のデカ山に比べ、小さな山(山車・曳山)なので、「小さい」ことをこのあたりの方言で「ちょんこい」と言うことから「チョンコ山」と呼び、また「シャギリ」が曳山に乗り組んだ三味線・太鼓・笛・鉦で合奏され、見物人の気を浮き立たせるように「チャンチキ、チャンチキ」と聞こえるので、「チャンチキ山」とも呼びます。
昔は4月13日・14日の二日間おこなわれました(今は七尾市のイベントとなっている「花祭り」にあわせて、この頃の土日を使って行われています)。同社は昔、小丸山公園の隣接地・愛宕山に鎮座したのを前田利家が、築城のため現在地に換え地を与えて移転させた神社でありました。そのため、古くから市内の西部地区(御祓地区)の大部分が、氏子となっていました。四百数十年の長きに亘って、神社と氏子の町が遠く離れているため、春祭りは三島町に仮屋を建てて神輿を迎え「仮宮」とし「出祭り」となっています。13日神輿は初め旧社地近くの「魚町」に渡御し、祭神大巳貴神(大国主命)が七尾で妖神悪鬼、毒蛇怪鳥を退治し、庶民に安らぎを与えられた神徳を報謝する祭典が、七尾の旧地名「所ノ口」発生物語りの「野老(ところ)」を奉献して執行されます。
次いで三島町の仮屋に渡御されると、大黒天を飾る木町以下、恵比寿を飾る米町、神功皇后の阿良町、藤原鎌足の生駒町、住吉明神の亀山町、そして楠正成の一本杉町の6台の曳山が奉納されます。
記録によりますと、曳山の数は文化5年(1808)米町・木町・阿良町・生駒町・魚町(これはおそらく一本杉町の間違いだろう。でないと前後の文脈が合わない)の5台になったが、それまでは米町の2台で行われていたとあります。阿良町・生駒町・一本杉町の三町は、御旅所の前・七尾町奉行所前・府中の町の三箇所に仮舞台を組み、13・14の両日、この三つの町が一年交代で、三年に一度宛、町内旦那衆の素人遊びの歌舞伎が奉納されたとあります。明治維新後、亀山町が印鑰神社氏子から離れ仲間入りし、同じく曳山を奉納し現在の六台となったそうです。
森田盛昌は享保2年(1717)此の祭礼を見物し、「竹町(三島町)に仮屋をかまえ神輿を移し奉り、加持祈祷有て後町内を御通り也。御先へ獅子頭かづきたる者一人腰に太鼓を付是を打つ。次に小旗二十本二行に是を持何も上下着、次に神馬一疋。次に四神の旗四本是も乳付の旗なり。四神を染込たる也。次に立笠・台笠・榊に幣切懸て二本。金幡二流、ほこ二本、次に布衣の神主七八人歩行、次に神輿玉を荘り数十人して捧ぐ、次に神主舟木豊前束帯にて乗物也。舟木相撲は騎馬にて是は布衣也。次に散在銭箱是にも白き幣を立たり、打込に鎚二本、小旗六本・・・・」と盛大な渡御を「能州紀行」に書きのこしています。
(参考)七尾歴史散歩百選 新七尾風土記)